夜は、その暗闇ですべてを包み込んでしまうらしい。

決して優しさなんかでできているわけではない暗闇だから、嫌なことや怖いことを覆い隠したりするのとおんなじように、幸せな気持ちとかそういうのだって、大きな口でぱくりと飲み込んでしまうこともある。今日は、彼にとって後者の日だった。

「…ッ!」

ばさ、と音を立てて布団が捲られて、急に体に触れる冷たい空気と物音に私は目を覚ました。隣で寝ていたフーゴが汗だくで荒い息をしていて、悪夢を見て起きたのだとすぐに理解する。

「フーゴ」
「…、」

上体を起こして汗だくの額に張り付いた前髪をかき分ければ、フーゴは震える声で名前を呼びながら縋りつくように抱きついてきた。頭がよくって落ち着いた話し方をするフーゴが、実は私よりもずっと年下の男の子なのだと実感するのはこういうときだ。優しく頭をなでてあげればいくらか落ち着いたみたいで、今日の夢は、と話し始める。

「今日の夢は、がいないんです。夜、いつも通り一緒に寝たはずなのに、ふと目が覚めたらがいない。いないどころか、僕が目覚めたベッドは1人用で、隣に人が寝るスペースなんてなくって、枕も1つだった。さっきまで人がいたっていうぬくもりもなく、僕はそこでようやく、自分に恋人がいると勘違いして、1人じゃないという妄想の中、1人で生きていたって気づくんです」

悪い夢を見たときは人に話すと良いんだよ、と、こんな風に飛び起きたフーゴに教えてあげたのは遠い昔だったけれど、それはフーゴの中で習慣になった。一か月に1度か2度くらいの頻度で、フーゴはこうして悪夢に飛び起きる。そのたびに、「今日はこんな夢をみたんだ」と私に縋って話すので、私はそれを1つ1つきいて、大丈夫だよ、ここにいるよ、と教えてあげる。フーゴが見る悪夢は、すべて私がいなくなるものだからだ。

「それは怖い夢だったわね、大丈夫、ここにいるからね」
「はい…、すみません…僕はいつも、こんな風にあなたに迷惑を…」
「迷惑なんて思ってないわよ」

ぐりぐりと胸に頭を押し付けるようにして、フーゴはよりいっそう2人の距離を近くする。もしかしたらフーゴが私に抱いている愛情は母親へ向けるべきそれなのかもしれないな、と、こういう時は考えてしまうことがある。もちろんそれは違うという確信をもったうえでの想像だけれど、きっと私への愛のうちほんの少しだけ、そういう愛も含まれてはいるはずだ。

「僕は子どもでしょうか」
「そうね、年齢の話なら、そうだわ」
「…そう、ですね。だから、僕はあなたに甘えてもいいんだ」

ギャングとして生きている以上、年齢に甘えて子どもでなんかいられない。フーゴはそういう精神のバランスを取るのがあんまり上手じゃなかった。頭が良いばっかりに幼いころから上の学校へ通っていて、そういう環境もそうさせたのかもしれない。小さいころから子どもとして何かに甘えたりしないで育ったから、同じ年齢の普通の子よりもきっと誰かからの愛情を受け取るのが不器用だ。

「すみません、落ち着きました。シャワーを浴びてきます」
「そうね、着替えは出しておいてあげる」
「グラッツェ」

ベッドから降りて、足音を立てないで部屋をでていく。窓から差し込む月明かりが妙に明るいと思ったら、窓の外は雪が降っていた。どうりで冷えるわけだ。私も水をのもうとベッドから降りて、それからベッドの枕元にあるクリスマスツリーに向き合った。

これはブチャラティが街の人にもらってきた本物の木だ。なんだってこんなものもらってきたんだってみんなで困って、けれど捨てるわけにもいかなければアジトに置いておくこともできなかったから、フーゴと2人で暮らす私が貰い受けた。フーゴはこういうのに興味ないかもしれないけど、私は大好きなの。そういって飾り付けていたら、フーゴは「大人なのに仕方ない人ですね。手伝います」っていって、少しだけうきうきした様子で飾り付けをしてくれた。こうやってうまく甘やかしてあげるのが私の役目だ。

実は、フーゴにクリスマスプレゼントを用意してある。赤と緑で包装されたそれは明日の朝直接渡そうと思っていたけれど、せっかく起きてしまったし、こういうのもありなんじゃないかな。フーゴはまだシャワーを浴びているというのを水音で確認して、クローゼットから取り出した包装をそっとツリーの足元に置いてみた。

子ども扱いするとたまに怒るんだけど、昨日のクリスマスツリーを飾り付けている時の様子を見た感じだときっと大丈夫だろう。自分がキレやすくて社会で生活していくのに向いていないという冷静な判断ができるわりに、彼は年齢よりも子どもっぽい。ただその子どもっぽさを表にだせなくて、甘えられない、プライドの壁が人よりも大きな子ども。だから、そういうのを全部受け止めてちゃんと子どもでいられる場所を作ってあげないと、あれはきっといつか取り返しのつかないことをしてしまうだろう。

プレゼントを置いて、それから着替えを用意して脱衣所に持って行く。それから冷えていないミネラルウォーターを1本一気に飲んで、ベッドに戻った。



、まだ起きてたんですか」
「待ってたの。さ、はやく寝よう。雪が降ってるよ…寒いわけだね」
「本当だ…」

雪なんて久しぶりに見ました、と窓に駆け寄ったフーゴは年齢通りの子どもの顔をしたので、私はなんだかほっとしてしまった。怖い夢を見ました、と言って目を覚ますフーゴはいつだってそのアンバランスさを醸し出していて危なっかしいから。

「寒いから、私のこと甘やかしてほしいな」
「…仕方ない人ですね」

両手を広げてみれば、フーゴはため息をつきながらもその腕の中に納まってくれる。これは私が甘やかされてるの、こうしたいの、とお願いしたら、結構渋るかと思ったのに思いがけずあっさり受け入れられたフーゴ抱き枕だ。

「はあ、フーゴあったかいね…しあわせ…」
「しゃべってないで、早く寝てください。子どもじゃあないんだから」
「はーい。おやすみ、フーゴ」
「おやすみなさい、



静かな夜

、サンタさんが…じゃあなくって!でしょう、こんなことするの)
(ふふ、嬉しい?)
(……ま、まあ…、悪くないです)